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のぼりという文化は日本独特のもの?

のぼりは戦に必須のアイテムでした。

現在のところ平安時代が起源とされていますが、それが絶対なのか、周辺まで広げお話ししましょう。

■のぼりとは武士のたしなみ、日本が起源。

平安時代に自分たちの陣容の大きさや威厳を保つために使われてきたのぼりは、その後、室町時代に入って武家どうしの争いが増加したこともあって、形状を変え、より管理のしやすい簡便なのぼりへと多くの工夫が凝らされるようになりました。

現代ののぼりから遡れば、のぼりはこの2つの時代に行き着くことになり、「のぼりは日本独自のものであったこと」に異論をはさむ識者はいません。

■非公式にのぼりの起源は中国という見方も。

ただしのぼりについては、海外の歴史とのぼりを研究した詳細な資料がないため、それが中国などから流れ着いたもので、後に日本ののぼりに転じたという可能性も残されています。

現状においては平安時代からの流れだとされています。

実際のところ、のぼりとはどのような起源をもち、どこからどのような経路をたどってきたものなのかは不明です。

■鎧が中国を起源とするなら、のぼりもまた中国がルーツではないかとの説も一部にはあります。

たとえばのぼりとは別に、武士が戦のときに身にまとった鎧などの武具については、それが中国を起源とするとの学説も出ています。

そうなると、鎧とのぼりは戦の重要なキットだったわけですから、「のぼりとは中国がルーツ」という見方が濃厚になってきます。

果たしてどうなのでしょうか。

時代によって変わってきたのぼりのデザインや役割

戦国の世、のぼりのデザインや役割とはどんなだったでしょう。

現在に至るのぼりの変遷を含めお話ししましょう。

■自陣の威厳を保つためののぼり旗。

のぼり旗の形状は、戦国時代には高さが3m60㎝もあり、幅は76㎝もあったそうです。

おまけに綿や絹の織物をのぼりの素材に使っていたといいますから、かなりの重量だったのではないでしょうか。

形状は四方と呼ばれる正方形のものや、3対2の比率のものまで、いろいろありました。

当時は風になびくことよりも、敵陣からでも自陣の旗がしっかり見えることのほうが大事とされていたので、威厳を保つ意味でそのような重さと形状になったのではと考えられます。

■戦国の世とは違ったのぼりの役割。

そのようなのぼりが、昔ののぼりとは違った素材を使うようになったのは江戸時代に入ってからです。

いわゆる徳川政権によって平安の世が保たれ、のぼりは、これまでとは異なる“戦場の場から商用の場”へとステージを移しました。

今ではその戦国をウリにしてのぼりでアピールしている観光地も!

◇参考記事>>https://www.sankeibiz.jp/econome/news/180227/ece1802271254004-n1.htm

旅籠には現代ののぼりとは異なる大きなのぼりが立てられ、旅籠であることと屋号が染め抜かれていました。

茶屋、街道筋の休憩所なども同じです。

■現代ののぼりは、江戸のころとはまた違って、広告用・販売促進用のツールに変身しています。

江戸のころののぼりも、茶屋や引き売りの商人などは屋号を入れたのぼりを使っていましたが、現代のような完全な商用のぼりとなったのは、明治に入ってからです。

今後ののぼりがどのような道をたどるかは推測できませんが、手軽な広告媒体として愛されつづけることは確かです。

のぼりの歴史とは一体いつから?

江戸のころにはのぼりは確立されていました。

しかし「始まりとはどこか」との問いに答えるとしたら戦国の世ののぼり旗です。

変遷などお話ししましょう。

■のぼりの始まりは平安時代・戦国の世に。

のぼりの歴史は平安時代、戦国の世まで遡ることができます。

当時ののぼりとは、現代のような商用ののぼりとはまったく違って、戦のためののぼり旗、敵陣に自陣の存在を威厳をもって知らしめることが1つの役割となっていました。

敵と戦うのに、自陣の場所を知らせるのはおかしいと思うでしょうが、昔はそれが闘いのあるべき姿だったのです。

そしてその威厳が自陣の臣下にも伝わり、士気を高めたのです。

■戦国時代から江戸時代へののぼりの変貌。

戦国時代ののぼりとは違って、江戸時代に入るとのぼりは「屋号の告知と機能の表示を知らせるためのツール」となりました。

『旅籠 信濃屋』とか、『ちりめん問屋 越後屋』といった具合です。

いわゆる表札のような機能が主でした。

のぼりとは不思議なもので、現代に至っても活用法を変えつつその存在が失われなかったのは、便利に機能する手軽な存在だったからではないでしょうか。

素材を布地(絹・戦国の世~ポリエステル・現代)としたのが良かったのかも知れません。

■のぼりの原形が出現したのは平安時代で、江戸~明治を経て、現代に至っています。

のぼりとは愛されつづける生き物のようです。

時代が変わり活用のされ方が変わっても生き残っていくものの条件とは、「柔軟性の有る無し、適応性」なのだそうです。

そのように考えると、のぼりとはまさに軟体動物。

今後もいろいろな時代を経ながら生き残っていくことでしょう。

既製品ののぼりとは?オリジナルより長期使用は不利?

既製品ののぼりは本当に耐候性や堅牢性に問題ありなのでしょうか。

既製品とは何かについて、少しお話ししましょう。

■既製品もオリジナルも生地は同じで優劣はない。

のぼりの生地にはポンジー、トロピカル、天竺、金巾という4種類があり、そのうちもっとも需要が高いのがポンジーです。

織り方は平織りで、糸素材はポリエステル100%。

生地別シェアでいうとポンジーが90%ということなので、「既製品だから生地が悪い」というわけではありません。

当然、耐候性や堅牢性・丈夫さにも違いはありません。

織り方も糸素材も同じものです。

■のぼりの既製品とは、テンプレートを使うこと。

そもそも既製品とは何かというと、洋服の既製品と同じようなもので、のぼりの規格寸法や生地、デザイン、色使い、レイアウトなど一式ができあがっているものです。

“好みの既製品サンプル”を選んで、色やタイトル、文字の書体などを替えていくことができます。

テンプレートを使って差し替えていくだけなので、手間なく簡単に作れるのが既製品のいいところです。

■のぼりの既製品とは、型やレイアウトが見本と同じということ。

キャッチフレーズなど中身は替わるので、仕上がればオリジナル同然です。

オリジナルにこだわる人もいますが、既製品を使っても中身は入れ替わるので、出来映えはオリジナルと何ら変わりません。

こだわるかどうかです。

究極、のぼりとは販促物の1つなのですから、オリジナルかどうかより、“目立つか伝わるか”が大事です。

街中で見かけるのぼりと戦国時代の映画に出てくるのぼり

スーパーなどでよく見かけるのぼりと戦国時代ののぼりとは、ルーツは同じなのでしょうか。

のぼりの歴史や活用法についてお話ししましょう。

■平安時代、自軍を誇示する目的だった。

のぼりを歴史的にみてみると、すでにその起源は平安時代にあって、武士たちは自軍の旗印としてのぼりを使っていました。

また軍としての大きさ、立派さ、資金力などを象徴するものとして使われていました。

現代の戦争はできるだけ敵から身を隠してというのが常識ですが、平安時代・鎌倉時代は、自軍を誇示し広告する役割さえのぼりに負わせていたのです。

正々堂々と名乗って闘うという武士道の精神がそこにあったように思えます。

■歴史的にみたのぼりは現代と一直線にある。

のぼりのルーツとは何かといえば、やはり先にお話ししたような戦にあったのではないでしょうか。

したがってその道筋は一本につながっており、現在、スーパーやコンビニの店頭で使われているのぼりと戦国時代ののぼりは、同一の流れを汲むものです。

戦国時代ののぼりが“自軍の宣伝”に使われていたとすれば、スーパーやコンビニも自店の宣伝に使っているのですから、活用法にもその名残があることになります。

■のぼりとは象徴であり宣伝用の看板のようなものでもありました。

近代に入って、旅館や興業の出し物など、活用の幅はグッと広がっています。

のぼりは日本の文化そのものであり、広告の原点のようなものだと語る識者がいます。

手軽で安価で扱いやすいことが利点となって、商用のぼりになった現代では用途に制限はありません。

日本文化の1つとして海外からも注目され始めたのぼりは今後もいっそう広がっていくことでしょう。